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Blog: "dear..."

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新しい風の中で美しく翔び続けてください…。どうか。 2008年からブログを作りました。今まで私は自分の言葉や日記を人形のホームページに載せることをためらっていました。人形と私は別物です。 けれども、たった一人大切な人が待ってくれている。だったら、そのためだけに書いてもいいような気持ちになりました。 このブログは独り言のようなものです。 書き流すだけの自由をお許しください。

記事一覧

2012年1月27日
1月26日に成田市の西中学校で「働く人に学ぶ会」に呼ばれるという機会をいただきました。
そこで中学生たちが私にくれた質問はどれも、人形作家としての人生でとても大切な宝物になりました。
これまで個展やトークショーをしてきましたが、これほどまでに私の心を震わせた質問たちはありませんでした。
 
私は物心ついたときから、明日を信じる感覚がありませんでした。
毎日眠るときに、もし明日、今日のように生きられないことになったら、今日という日を後悔しないだろうかと考えます。そして、今日、出会えてよかったことや、できてよかったこと、また、辛いことの中に学んだことを思い出します。
 
この日もらった宝物と同等のものを彼らに渡せたかはわかりませんが、少しでも人形を見ていろいろな刺激を受けてもらえたならとても嬉しいと思います。
 
私は今以上に技術と人間性と人形創作への熱意を育てて学んでいきたいと思いました。
2011年10月28日
兜屋画廊での個展が終わって、毎日掃除をしています。
お越しいただいた方、お会いできた方、本当にありがとうございました。
 
 
今日はやっと作業部屋と人形部屋の大掃除が終わりました。
ここ数年、たくさんの展示の機会に恵まれて、気が付くと作業部屋の空気が薄くなってしまったように感じます。物は溢れ、埃は積もり、まるで長旅から帰ってきたような部屋になっていました。
また新たな気持ちで制作の日々を過ごしたい。そう思ってたくさんのものを整理しました。
そして、殺風景なほど片付いた部屋でこれから人形たちの在る世界と向き合います。
2011年7月5日
地元成田での展示が無事に終わりました。
 
お越し下さった方々、本当にありがとうございました。
とても大切な出会いがたくさんあって、やっぱり展示はとてもいいなあと思いました。
 
 
今回は、人形に興味のある人たちがこんなにいるのかと思ったり、人と話をすることがとても大切だと感じたりしました。
 
たくさんの人との交流は、まるで違う世界へ旅行をしたような感じがします。
 
また作業場と生活に戻って、2週間をゆっくりと思い出しています。
2011年6月5日
持病の片頭痛がひどくなり、脳神経外科に通い、発作と特効薬と付き合う日々になりました。
眠れない夜を幾度も繰り返し、そうして思ったことは、肉体を持ってこの世界に生きることは地獄だということです。
人はこうして病と闘って、良くなったときにはそれを忘れて、また病と闘う。
この世界が地獄であることを忘れていられる健康はとても大切だと感じました。
それでも、人は必ず死んでしまう。細胞の一つ一つが悲鳴をあげて力尽きてゆく。
 
今日はとても体調が良くて、何度も観たインド映画の「ムトゥ踊るマハラジャ」をまた観ました。
たくさんの歌と踊りがあって、それはまるで天国でした。
豪奢に飾り付けられた象が並んで、その前で真っ白な衣装を着た男女が巡り会い、手を取り合って踊る。
きらびやかで、官能的な世界は、人間が思い描く天国で、その世界がそこにはありました。
生きる喜びが、熱い風と鬱蒼とした緑の中で輝いていました。
生きるということはとても美しいことだと思いました。
 
生きているなら、地獄であることを忘れたい。それを忘れられるようなものを作りたい。
本当の天国はこの世界から卒業したときにすべてわかるのだと思うけれども、生きている者が求めて思い描く美しい世界や、見る人がそういうものを意識できるようなものを追求してみたいと思いました。
2011年2月5日
たとえば、この痛みが、この病気が大切な人の身代わりだと考えてみる。
そうするとどんな痛みにも耐えられる気がしてきます。
連絡が途絶えた大切な人がいます。
深い深い悲しみと、心労の果てにいる人。
祈りは届くのでしょうか?強く強く祈って、もし、どこかに痛みがあるのなら、どうかそれをお分け下さいと祈る。
届きますように。
暗い闇に光を投げかけられますように。
 
私は、先月ひどい片頭痛に見舞われました。
数年前にもありました。
今回は軽かったのですが、数日間、部屋の灯りやテレビの光が見られない状態でした。
内科から脳神経外科を紹介され、片頭痛は私の場合、脳神経の病気のタイプであること、広く言われているのは原因不明だということを知りました。
それでも生活はあります。頓服薬を常備しつつ、朝から午後まで制作の場から離れてがんばっています。
 
時々、人形さえなければ、もっと楽に生きられるのではないかと思います。
苦しいたびに、熱い憎しみが胸の奥に沈みます。
それでも人形を作りたいという想いがこの体を動かします。
2010年12月28日
アーティストとか作家という名前が付いているのだとすれば、
作家としてアーティストとして私は負けました。
先は見えず、制作の手は止まり、いまだに光は全く見えません。
この足の先には暗闇しか見えず。
そんな中、たった一通のメッセージが私を救いました。
そしてたくさんの私を支えてくれる人たちの言葉を聞きました。
 
たった一通のメッセージ。
私はそのメッセージを胸にまた作り出そうと思いました。
2010年11月2日
これは何を言いたいのか?何を表現しているのか?
そう、作家自身の意図を聞かれ続け、強い風の中、歩き続けて、その中で判ってくれる人がまるで小さな花のように現れたとき、私は震えるほど熱い涙が溢れました。
まるで熱い砂塵の中でひざまずき、両手のひらで包むように。
ああ、判ってくれる人はいるんだと。
それだけでいいんだと。
みんなに判ってもらえなくていい。
 
私の想いはわかる人にだけわかります。
この世界が全ての者に開かれた扉ではないこと。
扉を叩いた者だけがわかるんです。
開かない扉を目の当たりにした人だけがわかるんです。
私は本当は皆がわかってくれるような言葉や方法を知りません。
誰も知らないよという声が聞こえてきそうですが…。
 
私は自分に課せられた宿命をまっとうすることに全身全霊をかけたいと思っています。
2010年10月25日
人に人形を見てもらうというのは、いろいろと考えさせられます。
そうして、作品というものは誰のためのものなのかと考え始めます。
誰かにとっては全く興味のないガラクタ。誰かにとっては大切なもの。
 
私にとっては、自分の宝物を勇気を持って晒すようなものです。
だから、気に入ってもらえたのなら、まるで嫁いでゆく娘を見る親のように安堵に包まれます。
けれどもその一方でいつまでも不安はあります。
お金で売買されるという不思議な、いつまでも慣れない感覚。きっと一生慣れない感覚です。
そして、気に入ってもらえなかったとき、興味を持ってもらえなかったとき、人それぞれと納得しつつも、心は沈みます。
 
そんな浮き沈みに翻弄されていると、いっそ、飼い主に溺愛される犬になりたくなります。
2010年9月28日
きっと目に見えないあたたかなものはあって、それは気のせいじゃないと確信しています。
すがすがしいほどの一途な想いはとても美しく、いつまでも心に降り続ける雪の結晶のようで、それは厳かな永久の祈りを見ている気持ちになります。
周囲が季節のように変化して、命を育み、また変化してゆく。
私たちは一個の個体ではなく、とても大きなところからきただけのもので、帰るところも同じなのだと思います。
たとえ、個体に別れていても、帰るところは大きな一つのものなのだと思います。
美しく翔び続けた想いは消えない。
想いは風となり、光となり、あたたかさになって昇華されるまで雪の結晶のように小さく輝きながら大気を漂う。
できるなら、一緒に帰れますように。
2010年8月8日
昨日、近くで花火を打ち上げていたらしく、けれども、平屋では見ることが出来ませんでした。
夜、所用で車を走らせていたときに、ちらりと森の間から、住宅の間から花火が見えました。
それはまるで道ばたに咲いている花を見つけたような喜びと、鮮烈さがありました。
歩道を見ると、何人かの人が足を止めて花火に見入っていました。
そんな光景を目の端に入れながら、幸せな気持ちで車を走らせました。
 
花火は、場所を取って構えて見るのもいいけれど、花のように一瞬垣間見て、そしてその下に花火を見ている人々を思い浮かべて、道ばたで花火に見入っている人々を横目に、走る方が私には合っているような、とても満足できるものだと感じました。
 
人形も、人形だけが私という作り手から離れて、一人歩きして、私は人知れず生きてゆきたいとずっと思っています。
 
これを造った人はどんな人なのか?とか、こういう人だから作品も素敵だとか、もっとこういう人かと思ったとか、そういった、見る者の幻想や作者との結びつき、作者が作品と並ぶことが私には苦手です。
 
人形だけが歩いていって欲しい。
私は人間として彼等と平行線を歩きながら、どこか人里離れた場所へ行きたい。
 
最近、そう強く願っています。
2010年7月20日
ふとした不協和音が私の耳に落ちたとき、私の中で声がします。
早く早くと。
何が正しくて何が間違っているか。誰が正しくて誰が間違っているのか。
それがわからなくなったとき、早く早くと声がします。
チョウチョの羽根がちぎられてしまう前に、早く飛んでと声がします。
本当に聞こえるわけではなくて、そんな心境になるのです。
 
そのとき、人形はずっと先を見つめていて、誰も行き着けない場所を見つめていて、
それでいて、見る者をそこへ誘っています。
人形と同じ場所に視線を向ければ、この世界にあるたくさんの茨から抜け出せる気がします。
2010年5月7日
乾いた風の中でも一滴の清らかな水が落ちますように。
 
時々思います。
誰かにとって私はつらそうに写っているのでしょうか。
私は苦しいのでしょうか。
苦しいとき、それは自分の思い通りにならないからなのか。
自分のイメージが正しいかどうかもわからなくて、だけど、私は自分が思うあらゆるイメージや筋や感覚や社会性といったものがある程度、それこそある程度正しいと信じています。
でも、伝わらない時、それは私が間違っていたのか、立ち止まります。
 
三畳の物置で作品と向き合う時、背後にある新緑はとても鮮やかで、目の前の羽根が規則正しく、私はそこにある真実が知りたくなります。
終わりと始まりと。
終わりはなんて美しいのだろうと思います。
 
今、私の中で終わりはこの上なく美しく、静かです。
 
新緑を育てる雨がやってきます。
どうか私たちに優しい雨が降りますように。
そして、嵐に負けない若枝で日差しに手を伸ばせますように。
2010年5月3日
色あせてしまうような気がして不安になります。
持ち主を待ち続ける人形を見ていると。
持ち主が微笑みながら自分の瞳を覗き込み、その眼差しの中、生きる部屋へと連れて行ってくれる日をただひたすらに、何も知らずに待ち続ける人形を見ていると。
けれども私が不安そうに彼らを見つめると、彼らはそんな気持ちをずっと通り越してずっと清らかな雰囲気を漂わせて、静思し続けるのです。
2010年4月4日
ふと天国という言葉が心に引っかかりました。
青い朝顔をインターネットで見たときに。
生活に追われて挫けた日、粘土さえ買えずに挫けた日、幸せを脅かす足音と呼び声を聞いた時、私は探します。
この世界で探します。
天国を。
手を伸ばして、必死に呼吸をして。
一人の馬鹿に名案などなく、ただ走るだけの日々の中で。
2010年3月31日
回るように、流れるようにせわしなくせわしなく時が流れてゆきます。
気が付くと足は浮き、舞い上がる。
そうして巨大な螺旋を描く風の中を乱舞する。
そんな蝶のように…。
気が付くと羽ばたいているのか、煽られているのかわからなくなります。
青い空を見た記憶が乏しいのは、この陽気のせいなのでしょうか。
今日もまた夢の中で鮮やかな青を見ました。
2010年2月18日
踊りましょう
君の迎えはまだ来ない
暖めた小さな部屋で
時計はいつだって遅れている
スカートの埃を払って
こんなに可愛い君ならば
ずっとここにいてもいいんだよ
 
人形と踊るのは誰なのか?
私は人間であったことはあるのでしょうか?
発育の悪いヒヤシンスに足りないものは光
白い根をぐるぐる絡ませて
膨らんでゆく青い芽と房に球根はわずかにしぼんでいる
花が咲く頃には皺皺になるのでしょうか
 
夢物語が現実に変わるとき
私は生臭いランチュウでさえ喜びに変わります
そこになぜ幻滅などがあるのでしょうか
水槽を眺めていた日
憧れのランチュウ
水槽の中で水槽にいることさえ分からずに泳ぐ魚
金魚と自分が重なって見えた日
 
その手に重ねた手
一般論は通じないと言う強い声
私は愛しくて
ひとりの幸福な馬鹿であろうと思います
2010年2月15日
私にとって蝶は大切な意味をもつとても好きなモチーフなのですが、ふと、あの童謡が脳裏を掠めました。
蝶は花から花へ。
そうして徒花にも蝶は舞う。
2010年1月26日
目が覚めたとき、信じられないくらい空が青くて、何かが変わったのを知りました。
ずっと体調を崩して、心が葛藤して、けれども、とても素敵な夢を見て目が覚めたとき、
その気持ちがそのまま青い空に繋がっていました。
ベッドに座り込んだまま、ブラインドの隙間から輝く青い空を涙を溜めて見上げたとき、絶対にこの空を忘れないと思いました。
体が健康であることが、心を軽くするものだと改めて感じました。
2009年11月22日
笑いたいんです。
あたたかな空間で、贅沢じゃなくて良い。
ソファーも、大きなテレビも、立派な浴槽もなくていい。
ただ、穏やかにそこに愛すべき人がいて、一日の終わりを共に過ごし、一日の始まりを共に迎える。
今日は料理失敗したよって笑って、雨が凄いねって笑って、仕事はどう?って打ち明けあって。
そうやって生きてみたい。
そうやって生きる空間を作ってみたい。
 
運命よ答えてください。
 
私の師はいつも家族であり、友人であり、恋人であり、霊であり、人間であり、自然であり、過去であり、季節であり、そして運命でありました。
 
欲しいものに手を伸ばすとき、足を焼いて歩き続けるとしても、最後にこの手にそれを授けるのは師でありました。
 
だから私は半分考えて、半分見つめるだけでした。
 
いつも信じていていました。
 
そしていつもどこか諦めてもいました。
 
最後のこの手のひらを。
 
だけど、もし与えられるなら、私はこの手を引く運命を守り、愛します。
 
そうしたらきっと、新しい世界が見える気がします。
 
闇の中から見えた光から、光の中から闇へ降らせるあたたかな手を持てるような気がします。
2009年11月16日
何も見えない場所から手を伸ばして集めたもの。
それを翼に変えて羽ばたき始めた今だからこそ、振り返り、先を見つめ、自分を見つめる。
 
見失ってはいないか。
 
この手を引いた人がいました。
淡い夢を垣間見る日々。なぜか昔から一緒に居たような気持ちがしました。
たぶん昔、一緒にいたのでしょう。
淡い夢の中で私は本を読み、傍らに人がいました。それはとても温かくて、私がずっと諦めていた夢でした。
 
見果てぬ夢を見ました。
 
見るはずのなかった夢でした。
2009年11月5日
どうしても諦めたくないことがある。
それは無邪気な希望なのか、苦しみが生んだ希望なのか分からない。
 
苦しくて苦しくて必死に光に向かって手を伸ばす。
それは幻なのでしょうか?
苦しみが垣間見せる幻影なのでしょうか?
 
鳥は卵の殻を破るとき、命がけで出るのだと養鶏場の方に聞きました。
そこには外への希望ではなく、苦しくて苦しくてそのままでは死んでしまうから殻を破るしかないのだと…。
 
…この殻を破るとき、私は確かに希望を胸に抱いています。
その希望は幻なのでしょうか…?
この夢は、苦しみがもたらす光なのでしょうか?
 
挫けそうなとき、思い描くこの夢は。
泣き出しそうなほどもがいて喘ぐ切望は、この殻を叩き続ける痛みと疲れがもたらしたひと時の温かな風景なのでしょうか?
 
それでも私はその温かな風景を諦めたくなくて、この手に現実として掴みたくて、自分を奮い立たせ、愛する人たちを胸に思い浮かべて一人じゃないと勇気付けて、歩いています。
 
殻を破って力尽きたヒヨコがふと脳裏をよぎります。
 
けれども私は殻を叩き続けます。
 
それは生きたいという切望しかなくて。
 
光は見えない。
だから光が見える。
あるべき光が見える。
あるはずだった光が見える。
 
この殻を破って翼を広げても、きっとまだ殻の中なのかもしれません。
 
籠から出た小鳥が部屋の中を飛ぶように。
 
それでも、抜け出したときの喜びを夢見て、私は胸をときめかせ、手を伸ばしています。
2009年10月3日
朝、夢の中で目を覚ますと、仰向けに寝ていた私の胸の上辺りにぜんまい式の柱時計が浮かんでいました。
振り子はとても綺麗な青い空を映していて、しばらくそれに見惚れた後、その針が止まっていることに気付きました。
一時半で止まっている…。
私は手を伸ばして起き上がり、時計を掴むと、ぜんまいを巻く…。
 
そんな夢を見ました。
 
先日、ある人と出会いました。
正確には、ある人が私のもとに辿り着きました。
伽羅という名前も、素性も、すべて隠した場所でずっと私を支え、助け、笑いあい、意見しあった大切な人でした。
彼女は私を探さずに出会うために歩いていました。
私は彼女が、私を知っていて知らなかったことを知りました。
やっと出会えた。その驚きと、嬉しさと感謝の気持ちが溢れて、しばらく言葉が出ませんでした。
 
桜の姫。
お会いできてよかった。
これからも、どうかあなたに光を…。
2009年9月3日
言葉の難しさについて最近よく考えます。
どうしてこんな記号があるのかと思い沈みます。
とても不自由です。その不自由さに泣きます。
棄てたい。言葉を棄てたいです。
それによって伝えられなかったときや、それによって掛け違えてしまった状況が元に戻せないほど進んでしまったときに、
私は自分を責めます。
そうして、進もうともがきます。
いっそ言葉を棄てられれば、失敗もありません。
だけど、何もないのかなとも思います。
それでもふと、肉体を棄てて、言葉を棄てて、色になったとき、本当に自由になるような気がするのです。
そういう存在。
説明もいらなくて、ただそれだけのもの。
でも、おそらくこの不自由さはひとつの課題なのだと思います。
 
人形は、言葉を持ちません。
色を持っています。ただそれだけのものを私に伝えてきます。
何色という感じではなく、温度のような、酸素のような、湿度のような、明暗のような、そういった何かを伝えてきます。
 
それをずっと作っていきたいと、立ち止まったときに見つめなおします。
見て感じるでしょう…?目の前にある、ただそれだけ。それだけでいい…。
私はそれに憧れます。
2009年8月19日
雑音のない世界を望むのは雑音の中にいるからなのでしょうか?
私もまた雑音なのでしょう。
たくさんの言葉や思いが世界に溢れている。
私はほんの少しだけこの手のひらにあればいい。
もしくは、たくさんの浮遊物にまみれながら、足を止めない意志が欲しい。
私が夢に見る青い色は、空にしても着ている服にしても、血のように鮮やかです。
2009年3月20日
幸せな人形は、歓迎された人形。桜湯に口をつけて、心が温かくなるようなもてなしで、愛されて。
持ち主が初めて口ずさむ人形の命名。そのときのとても嬉しそうな顔をみて、私は本当に心が震えます。
まるで娘が来たようにバタバタと様々なものをあつらえて、見つめられて。
私は退室するとき、頭を撫でて、よかったね。本当によかったね。と話しかけました。
2009年2月11日
喜び方を知らない幼子のように、胸をいっぱいにして立ち尽くして
ただ深く頭を垂れて、あたたかな背中に手を合わせる気持ちでお辞儀する。
心の豊かな人たちがいて、心の大きな人たちがいて、私はやっぱり喜び方を知らない幼子のように
胸をいっぱいにして立ち尽くす。
それで粘土に向かうときにはとても真剣に、全てをかける。
今はそこに感謝がプラスされました。
2009年2月8日
冬の枯れたように見える木々に見えるのは命の力です。
葉っぱが一枚もなくて、蛾の卵も硬くしがみついて、全て生きてるのか死んでるのか分からない。
けれども、もうじき風が吹いて炎上する。
命の、緑の炎が天に向かって。
炎上する。
私にはそれが見えるから、春があまり好きではない。
恋をしようと思ったんです。
心中するような恋をしようと思います。
2009年2月7日
窓に当たって死んでしまった野鳥をもらった。
家に帰って、羽根を一枚ずつ抜いて材料にした。
これで4体目くらいになる。
羽根を抜くとき、その死肉に触るのだけれども、薄い手袋をしていても、その独特の冷たさに驚かされる。
陶器や金属は、触っていれば自分の熱で温まるのに、死肉はいつまで経っても冷たい。
それどころか、指先から熱をどんどん持っていかれる。
なんだか、こっちの生命力だとか、熱とか、そういった「何か」が持っていかれる。
「持っていかれる」
本能がそう云うのを感じた。
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